「困ったことがあれば、すぐ話を持ってこい」――21歳の私を、辞めずに済ませてくれた工場長
この話は、私が21歳の頃のことです。お菓子を作る会社でアルバイトをしていて、新規店舗運営部という部署にいました。若かったのもありますが、その頃の私は、仕事でつまずくと「辞める」以外の考えが浮かばない人間でした。
坂本工場長という人
坂本工場長(仮名)は、その会社の本社工場の工場長です。立場は偉いのに、偉そうなところがまるでない人でした。自分の仕事を、自分の言葉ではっきり言う人だった、というのが一番の印象です。
揉めた理由は、仕事の効率でした
私の仕事は、新しくできる店舗へ行って、備品を設営することでした。備品を管理している場所を拠点に、あちこちの新規店舗を回ります。
部署長の指示は、拠点から近い店舗から順に回れ、というものでした。でも私は、遠い店舗から順に設営していけば効率が良いと考えていました。理由もあります。積み忘れがあったり、新規店舗側の発注ミスで備品が足りなかったりしたとき、最後に残るのが近い店舗なら、拠点へ戻って時間をかけずにリカバリーできる。それに、遠い店舗で備品が足りないときは、次に行く店舗の分をそちらへ回すこともできます。回した分で足りなくなった近い店舗の分は、拠点からすぐに補えばいい。遠い店舗から片付けていく方が、全体ではうまく回ると思ったのです。
指示とは違うやり方で仕事をしていたことが、部署長は気に入りませんでした。そうして、私たちはぶつかりました。今になって思えば、私の考えにも一理はあったのでしょうが、指示を出した側からすれば、勝手に順番を変える若造です。言い分はどちらにもあったのだと思います。
ただ、若い頭では「揉めた相手の下にいるくらいなら、辞めるしかない」としか考えられませんでした。会社そのものは嫌いではなかったんです。辞めたかったわけでもない。それでも、辞める以外の道が見えなかった。
そこで道を作ってくれたのが、坂本工場長でした。新規店舗運営部から本社工場へ移る、私にとっては「辞めずに働き続ける道」です。会社を辞めるのではなく、働く場所を変える。その選択肢を、私ではなく上の立場の人が用意してくれたのでした。
今も覚えている言葉
工場長は、私にこう言いました。
「わしは、アルバイト、パート、従業員が働き易い環境を整えて働いてもらうのが社長から任された仕事だから困ったことがあれば直ぐ話しをもってこい」
アルバイトの私にも、分け隔てがありません。「働く人が働きやすいようにするのが、自分の仕事だ」と、社長から任された役目として言い切る。その潔さが、21歳の私には眩しかったのだと思います。
あのとき学んだこと
人を辞めさせない方法は、引き止めることではないのだと、今になって思います。困っている人の話を聞いて、働く場所や形を変える道を用意する。工場長がやったのは、それだけのことでした。でも、言われた側には一生残ります。私がとても有り難かったのは、転勤そのものより、「困ったら話を持ってこい」と言ってもらえたことの方かもしれません。
50代になった今も、あの言葉はときどき頭に浮かびます。誰かに何かを任せる立場になったとき、自分はあんなふうに言えるだろうか、と。まだまだ道半ばでございます。
※この記事に出てくる方のお名前は仮名です。場所や時期も、どなたの話か分からないように少しぼかしています。お話そのものは、私自身が経験してきたことの中から書いています。この記事は、AIの『Muse』にお手伝いしてもらいながら書きました。