AIブログで収入を得るまで(1)― 時給0円から始める、同時進行の記録
はじめまして、倉敷坊主です。
お金は要らない。顔も出さない。必要なのは、生きてきた時間だけ。
これは、AI執事のモカと作っているブログが、初めての収入を得るまでの連載です。この一文が、この連載の約束です。
連載の形は、最初から決めておきます。作業をするたびに、毎回、新しい記事にします。 会話する内容が毎回違うからです。引っ越しの話、アドセンスの準備の話、時給の数え方の話。1つのページに全部を書き足していくと、話題が混ざって、後から来た人が読みにくくなります。別々の記事にすれば、1本ごとに資産として残りますし、記事の本数も積み上がります。
この連載の切り口は、「手軽に始められる」です
副業を始められない理由は、だいたい決まっています。パソコンが苦手。文章を打つのが遅い。初期費用がかかる。まとまった時間がない。
このやり方は、その全部を外してあります。
- 道具はスマホだけです。パソコンの前に座らなくても、思いついたときに伝えるだけです
- 打てなくても、話せばいいのです。私はブラインドタッチができません。それでも、短い言葉や箇条書き、音声のお願いで進みます
- お金は、ほとんどかかっていません。実際にかかったのは、ブログの住所(ドメイン)代の12.29ドル(購入時:約1,940円)だけです。AI執事は無料の枠で使い、ブログの置き場所も無料の範囲です
- 時間は細切れでいいのです。1回5分ほどの会話の積み重ねが228回で、ブログが1つ生まれました
「手軽に始められる」というのは、宣伝の言葉ではありません。私自身が、そうでなければ始められなかった、という実感です。
なぜ、同時進行で書けるのか
普通、副業の記録というのは、こうなります。作業をする。疲れる。記録は後回しになる。何日か経つと、何時間かけたか、何を決めたか、もう思い出せない。だから世の中の「いくら稼げました」という報告には、かけた時間が書いていないのだと思います。書いていないのではなく、数えていないし、思い出せないのです。
AI執事がいると、ここが変わります。
- 作業をするのもモカ、記録を付けるのもモカ。倉敷坊主の手間は増えません
- 会話の回数は、記録に残っています。後から数え直せます
- 決めたことは、その場で記事にできます
つまり、「働くこと」と「記録すること」が、同時に進むのです。これは、人が一人でやる副業では、なかなか真似できないところです。AI導入の強みは、速さよりも、むしろここにあるのではないかと私は思っています。
この連載の数え方
- 「発言回数 × 1回5分 = 会話時間」で、私がかけた時間を出します。5分は、書く時間だけでなく、モカの返事を読む時間と決める時間まで含めた、長めの見積もりです
- 時給は2本立てです。その月の時給(その月の収入 ÷ その月の会話時間)と、積み上げの時給(収入の合計 ÷ 会話時間の合計)
- 収入が0円の間は、時給も正直に0円と書きます。盛りません
- 毎回の記事の終わりに、その時点の現在地(収入・時給・発言回数・会話時間)を同じ形で置きます
もう1つ、「削減できた時間」も書きます
時間の話には、もう1つの見方があります。その記事を、人が一人で書いたら何分かかったはずで、モカと作ったら何分で済んだか、です。
- 一人で書いたら(目安):ブロガー・ライター100人へのアンケートでは、3,000字の記事(調べる時間と画像作り込み)を仕上げるのに「2〜3時間」という答えが一番多くありました。その真ん中、2時間30分を基準にして、文字数から計算します
- モカと作ったら:私の会話時間(発言回数 × 5分)だけを数えます。モカの裏側の作業時間は、私の負担ではないので入れません
- その差が、「削減できた時間」です
例えば、この記事(第1回)は本文が約1,950字ですから、一人で書いたら約98分の目安です。次回からは、記事ごとに会話の回数を数えて、実際に何分削減できたかを、その回の数字として出していきます。収入がまだ0円でも、時間の削減だけは最初から数字にできる。それも、この連載で見せられることの1つだと思います。
ここで、私自身のことを1つ書いておきます。私はブラインドタッチができません。 キーボードを見ながら打つ打ち方ですので、4,000字の記事を自分で打とうとすれば、考える時間の前に、打つだけで何時間もかかってしまいます。ですから私の場合、本当の「一人で書いたら」は、アンケートの平均よりずっと長いはずです。
それでも、計算の基準は一般の平均のままにします。自分の都合に合わせて基準を長く置けば、削減できた時間が水増しになってしまうからです。私がモカに渡すのは、短い言葉と箇条書きだけです。長文を打たなくてよい、というのが、このやり方の出発点でもあります。
もう1つ、打たなくても済む方法があります。音声でお願いすることです。スマホのマイクに向かって話せば、話した言葉が文字になってモカに届きます。キーボードを見ながら打つ必要もありません。思い出したことを、そのまま口に出すだけです。葬儀の仕事の話も、昔の出来事の回想も、長くなる話ほど、打つより話す方がずっと楽です。
「打てないから書けない」ではなく、「話せば書ける」。ブラインドタッチができない人間にとっては、これが一番大きな違いかもしれません。
正直に書いておくと、音声で文字を打つ機能自体は、昔からあります。Googleドキュメントにも「音声入力」という機能があり、話した言葉をそのまま文字にしてくれます。私も使ったことがあります。
違いは、その先です。Googleドキュメントの音声入力は、話した言葉が「原稿として溜まっていく」だけです。構成を考え、間違いを直し、見出しを付け、ブログへ載せて公開する。その全部は、やはり自分の仕事として残ります。
モカへの音声は、原稿ではなく「お願い」です。「今日はこの話で記事にして」と話せば、構成も、文章に仕上げるのも、記録に残すのも、公開の段取りも、相手が担います。話すことが、そのまま指示になる。ここが、音声入力の道具と、AI執事との違いなのだろうと思います。
似たものは、あるか
先に、調べてみました。正直に書きます。
- AIブログの月収を「時給換算」で見せている解説サイトは、ありました。ただ、そこは成功した後の後からの集計で、作業時間も「月80時間」といった概数でした
- ChatGPTに開始と終了を伝えて作業時間を記録し、売上0円を正直に書いている、50代の方の実験記録(note)もありました。空気は近いのですが、時給までは出しておらず、対象も副業の実験全般でした
- 月ごとに作業時間と収益を表にする実践記録もありました。ただ、時給への換算はありませんでした
一方で、AIへの「発言回数」を数えて、そこから時間と時給を出すという形は、私が探した範囲では見当たりませんでした。作業と記録を同時に進めて、毎回新しい記事にしていく形も、見当たりませんでした。
ですから、この連載の新しいところは、時給換算そのものではありません。組み合わせです。「発言回数という単位」「同時進行」「0円からの正直な開始」。この3つが重なっているところが、まだ空いている場所なのだろうと思います。
ここまでのあらすじ
2026年11月2日〜3日:ブログが生まれました
- やったこと:モカに名前を付け、資料の置き場所を作り、ブログを組み立て、名前と写真を整え、SNSを登録して、11月3日に公開しました
- 発言回数:228回(ブログ本体の会話だけでは71回)/ 会話時間:約19時間
- 収入:0円 / 時給:0円
2026年11月6日:時給の数え方を決めました(この記事です)
- やったこと:GitHubの保管庫への引っ越し(公開の手間をなくす作業)、アドセンスに必要な固定ページの下書き確認、そして「収入が出たら時給に直して書く」という、この連載の仕組み作り
- 決めたこと:発言回数から時間に換算する(1回5分)。時給は「その月」と「積み上げ」の2本立て。記録は毎回、新しい記事にする
- 収入:0円 / 時給:0円(まだ、ここです)
現在地(2026年11月6日)
| 項目 | 数字 |
|---|---|
| ブログ収入(累計) | 0円 |
| 時給(積み上げ) | 0円 |
| 発言回数(ブログ公開まで) | 228回 |
| 会話時間(換算) | 約19時間 |
| アドセンス | 申請前(固定ページは公開済み) |
これからの予定(終わったら、その回の記事にします)
- (済)アドセンスに必要な固定ページ(プライバシーポリシー/免責事項・広告の表示)を公開する ― 本日、この記事の前に公開済み
- (未)記事を積み上げる(実務の目安は15〜20本)
- (未)アドセンスへ申請する
- (未)初めての収入が出る
- (未)初めての「時給」を報告する
一番響いてほしいのは、金額ではありません
正直なところ、この連載で一番伝えたいのは、時給でも、収入でもありません。
40代、50代、60代。仕事も、失敗も、人の死も見てきた世代には、それぞれに「半生」があります。経験だけは、若い人より多く積んできた。けれど、その経験を外へ出す手段は、これまで手の届くところにありませんでした。本を出すのは一部の人だけ、ホームページを作るのは詳しい人だけ、という時代でした。
それが今は、費用がかからなくても、自分の半生を、手軽に、全世界へ発信できるのです。
発信と言うと、今はYouTubeやTikTokが思い浮かびます。けれど、私たちの世代が、カメラの前で自分が主人公になって何かをする、というのは、正直、考えにくいことです。顔を出し、声を出し、人に見られる形で演じる。それができるのは、世代の中でも一握りの方でしょう。
文章は違います。顔を出さなくていい。実名も出さなくていい(私は「倉敷坊主」という名前で書いています)。必要なのは、生きてきた経験だけです。半生を語るのに、一番合っている形は、動画ではなく文章なのだと思います。
そして思い出してほしいのは、私たちの世代は、文章から始まった成功を、目の前で見てきた世代でもあるということです。
2004年の「電車男」は、正確にはブログではなく、掲示板への書き込みから生まれました。それが本になり、100万部を超え、映画にもドラマにもなった。「鬼嫁日記」も、普通の夫婦の毎日を書いたブログから、本になり、ドラマになりました。有名人ではない、普通の人の文章が、世の中を動かすところを、私たちは見てきたのです。
「自分も、できたならな」。そう思った方も、多いのではないでしょうか。
あの頃と今で違うのは、必要な力です。あの頃は、書き続けられる人、打ち続けられる人だけの話でした。今は、話しかければ、AIが文章にしてくれます。門は、あの頃よりずっと低く開いているのです。
私自身、倉敷の古民家の机から、葬儀の仕事で出会った人々の話や、若い頃の失敗を書いています。それが、日本のどこかで、世界のどこかで、誰かの画面に届く。50代の、ブラインドタッチもできない男の話が、です。
時給の計算は、その「できる」という事実を、数字で確かめるための物差しにすぎません。本当に届いてほしいのは、経験を積んできた同世代の方々に、「自分の話も、出していいのだ」と思っていただけることなのだろう、と私は思っています。
まとめ
副業の本当の数字は、「いくら稼いだか」だけでは分かりません。「何時間かけて、いくらになったか」まで出して、初めて自分の暮らしと比べられます。
この連載は、その数字が出るまでの過程を、同時進行で1本ずつ置いていく場所です。0円のところから始まっているのが、正直なところです。